天使VS悪魔

THE LAST OF THE JUST

 

制作年度 : 2008年

上映時間 : 102分

監督 : マヌエル・カルバージョ

出演 : ディエゴ・マルティン、アナ・クラウディア・タランコン、ブライアン・トンプソン、ゴヤ・トレド

学生  N・I (2010)

感想

この映画を簡単に説明すると宗教絡みの話で世界を救うためにこの世界に存在する36人の善人を殺す。

主人公であるテオはその最後の1人で命を狙われる、という感じです。

全体的に見せ場というものがなかったように感じた。先の読める展開ばかりであまり面白くはなかった。

自分自身が宗教をまったく信じていないので、ただ自分たちの自己満足のためだけに人を殺しているようにしか思えなかった。

警察の捜査や謎の解明が中途半端だった。最後あたりに死んだ刑事とかあっさり死んじゃったし。

テオには自殺してほしかった。

 

学生  Y・S (2010)

感想

この作品には普通の人間テォを何者かが襲い、なんとか生きのびることができたテオが、他の男たちと運命に向かって進み始めます。宗教が絡んでいて、とても考えさせられる映画であると共に、宗教の怖さや人間の恐ろしさというものを目の当たりにした感じがします。ストーリー性があり、最後まで目を離すことができません。

天使V悪魔という題名ですが、これといって天本物の天使や悪魔がでてくるわけではありません。

天使と悪魔というのは、宗教の団体によって分けられています。主人公は、悲惨な生活を送ってしまうハメになり、可哀想という印象も受けました。登場人物が意味を持っていて、常に疑問の展開でした。また、殺しのシーンは、なかなか斬新です。内容は、宗教絡みで、難しい内容かと思いましたが、意外にあっさりしていて、わかりやすいストーリー展開になっています。ぜひ、お勧めします。

 

学生  N・K (2010)

あらすじ

 天使と悪魔を持つタイトルでありながらも、主人公テオと周囲の宗教を中心と描かれたB級映画。戦場を駆け巡るカメラマンのテオがなぜ命を狙われるようになったのか。怪しげなグループ、過去の奇妙な事件、複雑に絡み合う真相はなかなか解明の糸口が見つけられない。

 世界は36人の善人が存在しており、その一人が主人公のテオだといわれる。その善人、天使団と滅ぼそうとする悪魔団の二つの宗教勢力が影の戦いを繰り広げていた。「2匹の蛇のナイフ」で善人の主人公たちを襲う悪魔団。このナイフ以外の方法で死んだ瞬間、地球上の別の場所で転生してしまう。最後の生き残りとなったテオは2つの宗教戦争に巻き込まれたということだ。最後に待ち構えていた急展開がみどころだろう。

感想

 宗教の違いは正義の違い、そう感じさせられる映画だった。どちらが悪いわけではない。そうやって育ってきたのだから何かが間違ったわけでもない、しかし歯車は最初から狂っていた。善人を護ることが正義であり、それで自分が殺されるとうならば謹んでご遠慮願いたいところだが、世界にはそうじゃない人もいる。「〜様のためなら喜んで」と心から思っている人もいるわけだ。

 しかし私達の目にはどう転んだところで正義の名を借りたただの大量殺人でしかない。この事実をどう受け止めるか。宗教の恐ろしさから、人生は180度変わってしまうという事実を、視聴者はそれぞれ考えるべきなのかもしれない。

 宗教は一人の死を死と捉えるのではなく事実と感じてしまうのだ。人の死はどうでもいい、と思っている人はいないのに集団になるとその怖さが生まれてしまうものだとわかった。

 話を戻し、本編の最後はテオが死んで「次回へ続く」と不完全燃焼な終わり方をしてしまう。部分的にはらはらさせる展開はあったが、追われる内容も少しずつ似ているので、展開が似て金太郎飴状態なのがとても飽きてしまう。

 全体的に自分には合わないと思った。淡々と続く話が正直つまらないので最初と最後を見るだけでいい。自分でお金を払ってまではみたいと思わない。時間を使うのは残念に思う。

 

学生  K・S (2010)

感想

 自分がこの映画を最後まで見て他人にこの映画を勧めたいとはまったく思いませんでした。

 理由としては、題名に天使と悪魔が入っているのに宗教のようなことが少ししか入っていなく、宗教に関する映画ではなく。かといってファンタジー的な要素も多少は入っていたがあまりにも少なかった。何が言いたいかというとこの映画は、宗教要素とファンタジー要素が少量あるが少なすぎ、インターネットにあったアクション・スリラーというジャンルにするにしてもそのアクションシーンやスリラーといった場面がほとんど印象に残っておらずそのジャンルで呼ぶことはできず、この映画を構成すると思われる要素すべてが中途半端な感じであり、勧められないです。

 もうひとつの理由としては、見ていて次何が起こるかなんとなくわかってしまう、ラストがどうなるかも途中で見当がついてしまう点です。

 この二つの悪い点があり、かつ自分的には面白いと感じる点がまったくなく、さらにバッドエンドで終わってしまい後味の悪い作品であり、お勧めはできない作品でした。

 

学生  K・O (2009)

あらすじ

 舞台は、テオという1人の青年が殺されかける所から始まる。世界には、36人の善人が存在し、世界中を守っているとされている。そして、テオが残された1人の善人だという事実が判明する。その善人を守ってきた天使団といけにえとして殺そうとしてきた悪魔団。2つの宗教戦争を描いた作品。テオが最後どうなるのかがポイントである。

感想

 私は、この作品を見て、宗教の恐ろしさを知りました。信頼していた人も友達も宗教の名の下では、大切な人までも殺してしまえるということに恐怖さえ感じました。テオという1人の命を狙い、悪魔団が動き続ける中、見方である天使団までもが最終的にテオを殺そうとするのをみて、人間の恐ろしさを目の当たりにすることができたと思います。このような宗教的な対立は現代でもみられることかもしれません。私は、もし、テオと同じ状況におかれたら逃げるよりも自ら命を絶つと思います。この映画を見て、人間の様々な部分をみることができたと思います。

 

学生  A・S (2009)

感想

 名前は天使と悪魔に似ていますが、内容は全く違います。しかし、聖書が絡んでいるという点は同じです。旧約聖書の内容が出てくるので、全体的に難しくなっています。しかし、ダヴィンチ・コードや天使と悪魔などが好きな人には、とても面白いと思います。さらに、暗殺というとても怖い内容のため、ドキドキする場面が何度も出てきます。ドキドキ感を求める人には、おすすめです。

 ミリアムという女性の過去もとても気になりますし、ミリアムが、テオを殺してしまうというラストや、悪魔団は、テオが死んだとわかると、その死を悲しむこともなく次の「36人の正しき人々」を探すという行動もとても人間らしく、任務遂行のためには手段を選ばない、一人の命がどうなっても構わないという考えが恐ろしいながらも、面白いと思いました。

 みなさん、ぜひ、見てください。

 

学生  J・S (2009)

感想

 宗教に関するオカルト的な映画ではグロテスクな作品か壮大なスケールのアクション映画などがあると思っているのだが、今回はこの両者を望み見てみることにした。まず、映画のパッケージとタイトルを見ると天使と悪魔の羽を片側ずつ持つ人物が描かれておりSFやアクションを想像させるものであった。しかし、アクション映画好きな私としては追っ手のつめがどこか甘く感じ、見えない影に追われる緊迫感やいつ襲撃されるのかわからないというスリル感がもう少しほしかった。逆に言えば、グロテスクな作品が苦手な人でもそのような場面が少なく力を入れずに気楽に見ることができる作品であるといえる。そして終盤になると信仰心から人を殺していく、ありそうでなさそうな設定におかしさを感じていき、終わり方はあっさりしすぎているように感じた。しかし、この設定でも世界に存在する様々な宗教を考えると、私たちが考えられないような信仰や儀式も現に存在することに気付く。そしてこれまで様々な宗教に関する映画やニュースを振り返ったとき、同じ人間でも何を信じるかによって大きく異なるのだと考えた。人間は信じる心を糧とし強くなるのではないかまた、信じる心は時に周りを見えなくするのではないかとも感じた。人間は何を信じるかで第三者から見たとき、天使にも悪魔にも変わるのだと思い、再び映画のパッケージを見て納得した。信仰心とは、信じる心とは何かを考えさせられる作品である。

 

学生  T・T (2009)

感想

 この作品はファンタジーでもコメディでもないので、残念ながら天使も悪魔も出てきません。聖人と呼ばれる一般人が二つの相反するカルト教団に命を狙われるというオカルトサスペンス作品です。あと、キャストのヒゲとタバコ率がとても高いです。ヒューマンドラマっぽい感じですので感動モノのような気がしますが、天使教も悪魔教も殺す事がメインなので実際にやりあっている内容としてはとてもシュールです。

 天使教にも悪魔教にも、片方の教団を潰すという発想を全く持ってないようで、宗教戦争的に考えるとすごく面白いです。利権や金銭が絡んでいない宗教というのも斬新だと思いました。

 ミリアムが天使教の一員であったのは予想通りですが、最後の最後でテオを撃ったのは、予想通り過ぎてちょっと残念でした。

 

学生  M・S (2009)

感想

 この映画は宗教に興味がないと意味がわからないし、あまりおもしろいと感じないかもしれない。また、殺人シーンも多いので苦手な人にとってはつらいと思う。終わり方も拍子抜けで、部分部分では少し引きつけられるところもあったが、全体的には退屈だった。

 

学生  T・D (2009)

感想

 この作品が伝えたい事とは何だったのだろう。一つ予想出来るのは、信仰は愚かだという事。天使と呼ばれている存在は客観的事実として天使なのではなく、認識的事実として天使だ。あの映画に出てくる存在が現代日本に出現したとして、「天使です」などといって誰が信じるだろう。

 そして彼らは信仰の為に殺し、殺され、死んでいく。聖なる武器で殺されると悪魔になってしまうという教義の下、悪魔にされない為に、信仰を次へとつなげる為に、俗世的な武器で殺される。これでは、宗教はバカがハマるものです、気をつけましょうと言っているようにしか受け取れない。

 ただし、最後のシーンが絡むと話は変わる。最終幕において主人公は、悪魔にされない為にと銃で殺されるのだが、その時天使団員が言った台詞とは、「失敗できない」「大勢の仲間が死んだ」という、教義とはかけ離れたものだった。彼女が真に教義原理主義的な人物ならば、ここで出る言葉は、違う。「次なる天使の為に、悪魔団員に殺させるわけにはいかない」つまり彼女は教義に則って主人公を殺したのではない。教義に則って天使達を殺そうと、また悪魔という段階に進ませないようにと努力した人々の結果として、主人公を殺したのだ。果たしてこれが意味することとは何か。

 私は、集団意識及び認識における狭窄視野の問題を謳っているのだと感じた。前述の通り、彼女は自らの信仰の為では無く、信仰を持った仲間達との結果として、主人公を殺すことを求めた。本質から外れ、失った物に心を囚われて断崖絶壁へと突き進んでいる。これを視野狭窄といわずして、何と言うか。だからといって、私達は彼女を笑うことなど出来ない。現実にも同様の問題は生じる。ありていに言って、戦争とは即ちそれだ。前近代的な制限戦争ならまだしも、総力を挙げた戦争においては、その動機(教義)こそあれど、戦争を継続する理由とはなべて、「大勢の仲間が死んだ」となる。死んだ仲間の為に戦争を続ける。本来の目的、経済的理由なり何なりは、失われている。戦争では非日本的すぎて想像しがたいかもしれないから、身近な問題に置き換えてみよう。いじめも、これに該当する。その理由の如何は問わずしていじめは悪であるが、しかしやはり何らかの理由はあるだろう。そしてマイノリティーがその理由(教義)を掲げていじめを始めるだろう。しかし時間がたつにつれ、教義はいらなくなる。いじめられているキャラクターだからいじめる。教義に則っていじめて来た結果として、さらなる迫害を推し進める。ベクトルは違えど、一種の視野狭窄だ。事は映画の中だけの話ではないのだ。

 この作品は、正直に言ってつまらない。派手なSFXが使われているわけでも、演出効果が非凡なわけでもない。加えて俳優も有名というわけでなく、題材としているのは宗教だ。まっとう宗教に馴染みの無い日本人から言わせて貰えば、結論は最初の通り、ああやっぱり宗教は危ないんだな、にしかならない。だがそこをしっかりと覗き込んでみれば、社会的生物である人間が本質的に持つ近眼を警告していることが解る。本当に、楽しいとは言えない映画だったが、しかしこの作品が謳った人間の目の悪さだけはしっかりと覚えておきたい。

 

学生  K・Y (2009)

感想

 ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』のような作品かと期待したのですが、全く違いました。一言でいうと、私はあまり好きではない仕上がりでした。ストーリーには二つの宗派が出てくるのですが、なぜ世界を護りたいのか、滅ぼしたいのかがはっきりせず、一人ひとりの考えがうまくよみとれませんでした。また話の展開も若干無理があるのでは?と思ったところがいくつかありました。内容が難しいというよりは作品の完成度が低いと私は感じました。