市川尚・鈴木克明(1999c)「Web構築支援システムの開発研究」『日本教育システム情報学会研究報告 Vol.99 No.3』 2-7


Web構築支援システムの開発研究
Development of Support System for Designing Web Pages

市川 尚
ICHIKAWA, Hisashi
鈴木 克明
SUZUKI, Katsuaki
岩手県立大学
Iwate Prefectural University

<あらまし> 本研究は,EPSSの基本的な枠組みに従って設計されたWeb構築支援システムについて,実際にプロトタイプを開発した.プロトタイプは,Web上でCGIを利用して実現し,「レファレンス」「アドバイザー」「トレーニング」「ツール」「用語集」「HELP」「履歴」の機能を設けた.また,ISD4の観点からシステムの実証実験について検討し,プロトタイピングや形成的評価の手法を用いて,信頼性・妥当性・有用性の側面を評価することにした.

<キーワード>Web,EPSS,構築支援システム


1.はじめに
 筆者らは,新しい教育メディアである Webの有効利用を促進するために, Web構築支援システムを開発する研究を行っている.システムで提供する情報を「ユーザビリティ」「発信内容」「ガイドライン」の3つのモジュールに分割し, 市川・鈴木(1998)では,Webを使いやすいものにするユーザビリティの側面について調査した.また,市川・鈴木(1999a)では,発信内容の調査に基づいて,公開目的の分類枠提案し,内容面のアドバイスを公開目的に応じて行うための基本的枠組を作成した.市川・鈴木(1999b) では,ガイドラインの側面について,現状分析とシステム実装への課題について検討した.
 本研究は, Web構築支援システムをEPSSの基本的枠組みに従って設計(市川・鈴木,1999c)し,プロトタイプを開発した.

2.Web構築支援システムの基本設計
(1)Web構築プロセス
 Web構築を支援する際に,構築プロセスに沿って,段階を踏んでいくことが考えられる.これはWeb構築に時系列的要素が入っているからである.例えば,Webの目的の明確化や聴衆の分析については,構築の早期で行うべきであるとの指針がある(Linch and Horton,1997). Morris and Hinrichs(1996)はWeb開発のプロセスが,分析から設計,開発,テスト,実行とやりなおしへの流れであるとし,従来のマルチメディア製品の開発(伝統的な設計の流れ)のプロセスとほとんど変わらないと指摘している.
 一方で,Webに完成はないと一般に言われるようにWebは常に更新し続けるものである.更新の比重が高いWeb構築の場合,開発プロセスを最初から順に辿っていくのでは冗長すぎる.
(2) 授業システム開発モデル
 これまで授業や教材をどのような手順で開発したら良いかの方法論が研究されており, ISD(Instructional System Development;授業システム開発)モデルとして提供されている.ISDモデルのこれまでの変遷は,Tennyson(1995)によって4つの世代にまとめられている.それによると第三世代までは,ステップをひとつずつ踏んでいく段階的な開発モデルとなっている.例えば,前述のWeb構築プロセスは,これらの世代に入る.しかし,第四世代(ISD4)に入ると,図1のような順序性のないモデルとなる.
 ISD4を司る要素の「状況評価」には,状況のアセスメントと,処方の構築という2つの目的がある.参照可能な知識ベースとして,分析・設計・制作・実行・保守の5つの領域と7つの下位領域に分類されたノウハウを持つ.状況評価において診断された問題に応じて,知識ベースを参照しながら,最もクリティカルな領域を優先して問題解決を行うダイナミックなモデルである(Tennyson,1995).
  Web構築においても作成したページがすでに存在し,追加・改善等を行う場合には,ISD4のようなアプローチを採用するだろう.逆に,最初から時間をかけて開発する場合には,段階的なモデルの方がWebを確実に構築できると予想される. Web構築支援は,構築状況に応じた支援をする必要がある.

図1.ISD4のモデル(Tennyson,1995)


(3)EPSS
 伝統的なシステム的アプローチが段階的であり柔軟性に欠ける傾向があるのに対して(Seels and Richey,1994),Dick(1993)は,パフォーマンス技術の要素を組み入れて,典型的なISDの所要時間を縮小しようとする,Electronic Performance Support System(EPSS)を重要視するEnhanced ISDを提唱している. つまり,EPSSは第4世代ISDの枠組みを反映したものとみなせる.
 Gery(1991)によると,EPSSのゴールは,必要なときにパフォーマンスや学習を生成する支援を様々な形で提供することである.その特徴(他のシステムの一番の相違点)は,ユーザのために情報(information)と道具(tool)と方法論(methodology)を統合して,電子的に提供するということにある.Sleight(1993)2)は,EPSSの特徴として,(a)コンピュータベースである,(b)タスク中にアクセスできる,(c)仕事しながら使える,(d)作業者がコントロールできる,(e)事前トレーニングの必要性を縮小する,(f)容易に更新できる,(g)情報へ素早くアクセスできる,(h)不適切な情報を含まない,(i)ユーザに異なるレベルの知識を許容する,(j)異なる学習スタイルを許容する,(k)情報,アドバイス,学習経験を統合する,などを挙げている.
 Web構築は,独自で試行錯誤しながら作成することが多く見受けられる.さらに作成の手間の問題も取り上げられており,短時間でうまく作成できる支援が求められている.そういった意味でも,個々に必要な情報だけを素早く受け取れるEPSSとして実現する必要がある.

3.EPSSの特性を組み込んだWeb構築支援システムの設計
 ISD4の観点から,Web構築支援システムは, EPSSの特性を組み込み,以下のようなシステムが有効であると考えられる.
(1)作業中に即時アクセスできるようにWeb上で提供
 システムのユーザ(Web構築者)は,当然Webを見る環境に居ると考えられるため,システムをWeb上で提供すれば,利便性が向上すると考えられる.また,本システム自体の更新も容易となる. Web構築をオフラインの場合にも対応できるように,常時インターネットへの接続を前提としているCGI等の使用は避けてオフラインで利用できる環境も検討する.
(2)個々に必要な情報を必要なときに提供
 個々の目的や状況に応じて必要な情報だけを提示するシステムとする.新規に構築を開始する場合,既存のWebの問題部分を見つけて修正する場合,構築過程全体についての重要な情報を学びたい場合など,ユーザの要求に応じた支援をする.有用性の高い項目のみを厳選して提示する.
(3)必要最小限の情報のみを提示し,詳細な情報へのリンクを提供
 アクセス性向上のために,項目ごとに一行程度の文章を提示し,そこから詳細な解説へリンクをはる構成にする.項目だけを早く知りたい場合と,中身まで詳しく知りたい場合に対応させる.
(4)作業に必要な物はすべて統合して提供
 EPSSは,作業(支援)に必要なものはすべて統合し,ユーザにとって必要なところだけを提供するシステムである.モジュールに含まれる情報を選択的に表示するだけでなく,トレーニングや作成を支援するツールなど,作業のパフォーマンスを向上するものはすべて提供する.

4.プロトタイプ開発
 本システムは,Web上にHTMLとCGIを使用して開発した.システムの対象者は,初等中等教育のWeb構築者である.現時点は,水平型プロトタイピング(Nielsen,1993)を実施した段階である.システムの全機能を備えたユーザインタフェースの枠組みだけ開発し,中身の情報が全くない状態である.システム自体の機能(CGI)などが動くようになっており,あとは情報を入れていけばよい状態なっている.プロトタイプについては,URL:http://www.et.soft.iwate-pu.ac.jp/ichikawa/にて公開している.

5.プロトタイプの構成
 プロトタイプ版で提供している機能は次の通りである.構成を図2に示す.

図2.プロトタイプの構成


(1)「レファレンス」
 「ユーザビリティ」「発信内容」「ガイドライン」の3つのモジュールの情報が入った知識ベースである.具体的な機能を下記に示す.
・Webチェックリスト
 点検用途別,モジュール別,構築段階別, 50音別,全体などの分類によって,モジュールの情報を提示をする.誰でも守ることで安心して発信ができるガイドラインチェックリストなども提供する.
・Web構築に便利な図表
 Web構築でよく直面する問題についての情報を整理し,一目でわかるうようにした図表を提供する.個人情報を公開すると条例に抵触する可能性の程度で整理した個人情報保護条例対応表などが挙げられる.
・事例集
 学校ホームページ事例,発信内容別事例,ガイドライン事例,デザイン事例などへのリンクを解説と共に提供する.
(2)「アドバイザー」
 Web構築状況に応じたアドバイスを行うために,ユーザに現在の状況や要望を選択させ,それに応じて最適な情報(レファレンスやトレーニングなど他の構成要素の関連情報へのリンク)や,作業手順などを提示する.他の構成要素への入り口的な役割を果たす.
・Web構築診断
 ユーザの状況を入力(利用形態,目的)すると,それに応じたアドバイスを提供する.また,状況だけでなく,その状況を入力できないような状態にあるユーザ,例えば,目的等がまったくない時や,何をやったらよいかわからない時のための情報なども提供する.
・Web評価
 Webで公開している情報と目的を選択すると,それに応じたWeb自己評価ができる.
(3)「トレーニング」
 Web構築に関連した教材群をユーザの要望やレベルに合わせて提供する.
・Web構築の方法を教える教材
 ひとつずつステップを踏みながらWeb構築の方法を教える教材である.教材は細分化し,全体の関連図(課題分析図)と,それぞれに前提条件,学習目標,テスト,学習後の利点を明示する.それによって,自分の要望やレベルに合わせ,好きな教材が利用できるようにする.学校でガイドライン作成のための教材も提供する.
・Q&Aやクイズ
個人情報保護条例や著作権などの深く理解してもらうためにQ&Aを提供する.また,Webの技術的な制約や,使いにくいWebなどを実際にクイズを通して体験してもらう.
・Web構築関連教材へのリンク
 Web上に現在公開されているホームページ構築教材へのリンクを提供する. HTML等を詳細に解説している教材などがある.
(4)「ツール」
 Web構築に必要と思われるソフトなどのなどの道具を提供する.
・テンプレート
 Webの一般的な枠組みをあらかじめ作成したテンプレートを提供する.
・ソフト
 HTMLのコードチェック,リンクの検証,画像の容量などを測定するソフトや,ホームページ作成ウイザードなどを提供する.また,外部から提供されているWeb構築の著作権フリーソフトへのリンクも提供する.
・素材集
 インターネット上の各種素材集(画像,音声,CGI),フリーのHTMLエディタ等へのリンクを提供する.各素材集へは,著作権表示を明確にし,どのように利用できるかを提示しておく.
(5)「用語集」
 システム中に用いられる専門用語の解説をする.また関連する項目へリンクや,システム中に出てくる言葉には,ここへのリンクが張られている.
(6)「HELP」
 本システムの各機能の解説などを行う.そこから,各構成要素へのリンクを提供する.
(7)「履歴」
 ユーザがどんな支援を利用したのかの記録をとり,いつでも参照できるようにする.

6.実証実験
 ISD4のモデル(図1)を踏まえ,各機能をダイナミックに制作・評価していく. Nielsen(1993)によるプロトタイピングの手法や,形成的評価の段階的な手法(Dick and Carey 1985)を用いながら,ユーザビリティ,信頼性,妥当性,有用性の検討を行う.実証実験の流れを,表1に示す.すでに水平型プロトタイピングが終了しているので,次は各機能を掘り下げる,垂直型プロトタイピング(Nielsen,1993)を行っていく.

表1.実証実験の流れ

 

開発・評価プロセス
(この順序で行う)

形成的評価の段階
システムの状態
ユーザビリティ
信頼性
妥当性
有用性
現在 水平プロトタイプ(履歴) 1対1 水平
1 レファレンス 1対1 垂直
○※
2 ツール 1対1 垂直
○※
3 トレーニング 1対1 垂直
4 アドバイザー 1対1 垂直
5 用語集 1対1 垂直
6 HELP 1対1 垂直
7 全機能評価 1対1 α版
8 妥当性評価(全体) 小集団/専門家 β版
○※
9 総合評価 小集団 β版
○※
○※

各プロセスは良い結果が出るまで改善を繰り返す.プロセスはこのままリニアに流れるとは限らず,ひとつの機能を追加したときに,他の機能に影響を及ぼした場合,戻って評価を行うこともある. 新しい機能は必要になり次第追加する.
※印は,本実験の前に予備実験を実施するところである.


(1) ユーザビリティの実験
 シュナイダーマン(1993)は,@学習時間,A実行速度,Bユーザが引き起こすエラーの割合,C長期にわたる記憶,D主観的満足度の5つを測定可能で主要なパフォーマンスとしている.学習時間はWeb構築にとりかかるまでの時間,実行時間はWeb構築の達成までにかかった時間,エラーの割合はページをすぐに引き返した回数やCGI等に伴うエラーの回数,主観的満足度は既存の評価尺度を利用して定量的に計ることができる.また,履歴によって,ユーザが使った機能の回数,全く使っていない機能の回数,ヘルプの利用項目の頻度を測定できる.データ収集方法は,システム使用中の観察,システムの履歴,サーバーの履歴,ビデオ記録を用いて実現できる.
(2)信頼性の実験
 複数の異なる被験者の作業の一致率を用いて,レファレンスのチェックリストと,ツールのテンプレートの垂直型プロトタイプができた段階で信頼性を判断する.機能のダイナミックな部分は評価できないが,スタティックな部分について評価する.
(3)妥当性の実験
 垂直型プロトタイプの妥当性の評価として,対象ユーザとの1対1評価で改善を加えた後に専門家の意見を求める.また,形成的評価第二段階の小集団評価として,β版をWeb上で公開し,初等中等教育のWeb構築経験者(専門家であり対象ユーザ)に質問紙で,システム中の不十分・不必要な部分などについて尋ね,妥当性を検討する.この実験では,本システムの存在を認知してもらうことによる宣伝効果も同時に期待する.
(4)有用性の実験
 有用性の実験は,形成的評価の第二段階である小集団評価を実施する.すでにWeb構築支援システムは完全に動く状態であるので,総合的な評価を行う位置づけである.ある仮想した目的に従って, Web構築支援システムあり(実験群1),既存のデザインガイドあり(実験群2),なし(統制群)で, Web素材をそろえた状態で、実際にWebを構築してもらう.Webのできを,第三者によってチェックリストをもとに評価してもらう.構築されたWebの印象について質問紙で聞く.システムのユーザビリティについては,定量的にパフォーマンスを測定する.

参考文献
Dick ,W. and Carey, L.(1985) The system-atic design of instruction (2nd Ed.). Glenview, IL: Scott, Foresman, and Company.
Dick, W.(1993). Enhanced ISD: A response to changing environments for learning and performance. Educational Technolo-gy, 33(2), 12-16.
Gery, G. (1991). Electronic performance support systems. Weingarten Publica-tions, Boston, MA
Linch, P. and Horton, S.(1997) Yale C/AIM Web Style Guide. Yale Center for Advanced Instructional Media. [URL= http://info.med.yale.edu/caim/manual/]
Morris, M.E.S. and Hinrichs, R.J.(1996)Web Page Design: A different multimedia.Sun Microsystems, California U.S.A
Nielsen, J.(1993)Usability Enginnering. Academic Press, U.S.A.
Sleight, D.A. (1993) Types of Electronic Performance Support Systems :Their Characteristics and Range of Designs. [URL=http://www.siweb.com/staff/dsleight/pss.htm]
Seels, B.B. and Richey, R.C.(1994)Instructional Technology: The definition and domains of the field. AECT, Virgin-ia, U.S.A.
Tennyson, R.D.(1995) The impact of the cognitive science movement on instruc-tional design fundamentals. B.B.Seels (Ed.), Instructional Design Fundamen-tals. Educational Technology Publica-tions, New Jersey, U.S.A
市川尚・鈴木克明(1999a)「 日本における小・中・高等学校WWWホームページの調査研究〜黎明期における実態の把握と発信内容の分析〜」『日本教育工学会誌(日本教育工学雑誌)』22(3), 153-165
市川尚・鈴木克明(1999b)「 Web構築を支援するシステムの詳細設計〜ガイドラインの現状とモジュール実装への課題」『日本教育メディア学会第6回全国大会発表論文集』27-28
市川尚・鈴木克明(1999c)「 Web構築を支援するシステムの基本設計」『日本教育工学会第15回全国大会発表論文集』549-550
市川尚・鈴木克明(1998)「ホームページガイドラインの現状〜インターネットリソースと関連文献への調査から(2)」 『第5回日本視聴覚・放送教育学会大会発表論文集』100-101
シュナイダーマン(1993)ユーザインタフェースの設計第2版.日経BP社,東京
※URLは1999年11月15日現在である.